心療内科・精神科
東京都中央区
日本橋人形町
1-1-21
人形町ビル3F
03-5614-7087

当院の精神療法


 私は、精神薬理学を研究のテーマとしてきましたが、日常の臨床においては精神療法も重視しております。それは患者様の回復のためには、薬物療法と精神療法は車の両輪であり、どちらも不可欠であると考えているからです。これは、単に精神疾患に用いられる薬剤の有効性が50%~60%にとどまるという薬物療法の限界のみに基づいたものではありません。私自身が患者様の治療を行う中で、多くの疾患が薬物療法のみでは回復が得られないという結論に至ったからです。
 特に恐怖症関連疾患(パニック障害、社交不安障害、強迫性障害、適応障害、心的外傷後ストレス障害など)の患者様において、薬物療法によって恐怖反応が抑制されていても、恐怖症自体が持続している方が多くいます。当院を訪れる患者様の中にも、服薬によりパニック発作や社交不安などが治まっているにもかかわらず、閉ざされた場所や注目を浴びる場面を回避し続ける方がいらっしゃいます。これでは生活はがんじがらめで苦しいままであり、ましてや自己実現による自尊心の回復は得られません。恐怖の記憶が頭から離れず、閉ざされた場所や注目を浴びる場面などに対する事実から離れた誤ったイメージが形成されて恐怖対象を回避してしまうのです。このことは、恐怖記憶(情動記憶)が恐怖症関連疾患の仕組みとなる「とらわれ」を引き起こすことによって生じていると考えます。恐怖記憶は反射的な恐怖反応と恐怖イメージを生み出し、これらに執着することで「とらわれ」がはじまるのです。こうして様々な誤ったイメージが作り出され、日常では思いこみや勘違い、社会では迷信や群衆心理への巻き込まれ、そして精神疾患では恐怖症関連疾患が現れるのです。
 恐怖記憶については、大脳の扁桃体という部分が重要な役割を担っています。これまでの研究が示していることは、この扁桃体に恐怖記憶が一旦刻まれると通常消えることはなく、この記憶の影響を弱めるためには、大脳皮質による抑制作用が必要であるということです(Joseph E. LeDoux)。
 したがって、治療の目標は、完全に恐怖を無くすことではなく、恐怖があってもとらわれずに、「したいこと」「するべきこと」を行い目的が果たせるようになることだと考えます。私は恐怖記憶自体の消去は困難という面から、恐怖記憶による恐怖反応を弱めるためには薬物療法が必要と考えております。一方、精神療法により大脳皮質からの恐怖記憶への抑制作用を形成することによって、恐怖記憶の影響を弱めることも可能と考えております。そのためには、薬物療法により恐怖反応を抑制した上で、恐怖対象に曝露しても目的を果たせるという実体験を繰り返すことが必要となります。精神療法は、恐怖対象への曝露を促し、克服した実体験を記憶に刻ませ、誤ったイメージを修正する有効な手段です。このような精神療法をよりシンプルに行うために、「恐怖対象を回避せずに目的を果たせたという実体験を如何に記憶に定着させるか」を、当院の恐怖症関連疾患への精神療法の主眼に置いております。
  当院の精神療法は、限られた外来診療の時間で最大限の効果が 得られるよう工夫しております。自己実現による患者様の自尊心の回復を第一と考えて、森田療法、認知療法、行動療法等の要素を、自由に取り入れた 精神療法を行なっています(拙著「いつもの不安」を解消するためのお守りノート/永岡書店、「とらわれ」「適応障害」から自由になる本/さくら舎をご参照ください)。そのモットーは、「現実本位に考え、 目的本位に行動する」です。これにより現実と目的との調和が生まれて、感情や風潮に流されない‘素直で自由な心’が得られ、自己実現に邁進する生活が可能 になると考えております。
  不安障害やストレス障害を克服するには、「とらわれ」から解放され、正しいイメージを獲得することが必要です。そのためには、認知、行動、感情、身体、それぞれに働きかけるのではなく、生活習慣自体を変化させ、実体験によって誤ったイメージを修正することが重要だと考えております。それは泳げるようになるためには、泳ぎ方を本で勉強したり、体を鍛えたりするよりも、 実際に水に入ることが重要なのと同じです。当院では、生活習慣を変化させるために、以下の「八つの変化」を生活指針として実践することをお勧めしております。

○完璧主義から、とらわれのない自然主義へ
○理想本位から、真実を見失わない現実本位の考えへ
○気分本位から、自己実現に向けた目的本位の行動へ
○内向的生活から、変化に富んだ外向的生活へ
○引込み思案から、自尊心の回復につながる自己主張へ
○否定的視点から、希望を見出す肯定的視点へ
○持続的緊張から、活力を維持する間欠的弛緩へ
○精神的支柱を1本柱から、動揺しにくい複数の柱へ

⇒「八つの変化」の解説はこちら

院長・医学博士  勝  久 寿