適応障害(適応反応症)

(Adjustment Disorder)

心療内科・精神科
東京都中央区日本橋人形町1-1-21人形町ビル3F


適応障害(適応反応症)とは?

 どなたでも辛い出来事や思いどおりにならないこと(社会生活上のストレス)によって、不安やイライラが強くなったり(不安感)、悲しみや憂うつになったり(憂うつ感)、時に投げ出したくなったり、自暴自棄になったり(逸脱行動)することは、経験したことがあると思います(正常なストレス反応)。
 適応障害(適応反応症)とは、そういった社会生活上のストレスへの反応が強く現われ、そのことが頭から離れず「とらわれ」てしまい、仕事上、学業上、家庭内の生活が著しく障害された状態です。つまり、適応障害は、誰もが遭遇し得るストレスにとらわれれることよって、その状況に適応できなくなった状態なのです。適応できないほどとらわれてしまう背景には、周囲のサポート不足や本人の精神的な弱点などが関与しています。新しいICD-11の診断ガイドライン(WHO)では、従来のDSM-5までの適応障害の診断基準のあいまいさを改善するため「とらわれ」と「適応の失敗」が診断において必須項目となりました。また最近では社会生活上のストレスに適応できないという状況よりも、適応を妨げるような心身の反応に焦点があてられ、適応反応症とも呼ばれるようにもなりました。それらの新しい考え方を含めて解説いたします。

目次:適応障害の解説

適応障害の診断基準が、新しいICD-11の診断ガイドライン(WHO)で大きく変わり『とらわれ preoccupation』が診断の必須症状となりました。
○ 適応障害についての症例を含むより実践的な解説は、拙著 "「とらわれ」「適応障害」から自由になる本(さくら舎)" をご参照ください。


適応障害ではどんな症状がみられるか?
(DSM-5の診断基準)

適応障害の説明図

DSM-5による適応障害の診断基準(米国精神医学会)

 適応障害では、明確な原因となるストレスに反応して、そのストレスの始まりから3ケ月以内に情緒や行動の症状(うつ症状、不安症状、問題行動など)があらわれます。これらの症状によって、原因となるストレスに不釣り合いなほどの著しい苦痛を感じる、もしくは仕事、学校、家庭などの重要な社会的活動に大きな支障をきたします。その障害は他の精神疾患の診断基準を満たさず、正常な死別反応(大切な人を亡くした喪失反応)にも当てはまりません。そして原因となるストレスとその影響がひとたびおさまれば、6ヶ月以内に症状は消退します。

 適応障害(DSM-5の診断基準による)の症状は、ストレスに対する正常な感情的反応(ストレス反応)の延長線上にあります。つまり健康な方が体験する正常なストレス反応との違いは重症度なのです。症状の重症度は、著しい苦痛もしくは社会的活動に大きな支障があるかで診断されます。症状の内容は、ストレスを受けた状況や本人の性格にも影響されるので様々ですが、主に以下の4つの状態に大別されます(身体症状はDSM-5およびICD-10の診断基準には含まれておりませんが、臨床的には重要な症状です)。これらの何れかが目立った状態、またはいくつかが混合した状態となって現われます。そしてこれら症状の苦痛から逃れるため、職場や学校などのストレス状況を回避するようになります。ストレス状況を回避するようになると、さらに症状が複雑になり重症化します。
 適応障害では、症状の内容がストレスの内容と(上司がストレスの場合に上司の前で不安が現れるなど)、症状の経過がストレスの経過と(ストレスを受けて間もなく症状が現れ、ストレスがなくなるとすぐに症状が軽くなるなど)密接な関係があります。これに対して、うつ病は症状の内容や経過がストレスと密接な関係を持たないため(ストレスから解放されても症状が持続するなど)、これらの関係は、うつ病との鑑別の際に特に重要となります。一方、症状とストレスとの密接な関係は、正常なストレス反応でもみられるものであり、「適応障害は疾患とは言えないのでは?」という議論のもとになっております。最新の診断基準であるICD-11では、正常なストレス反応との違いを明確にするため「とらわれ」という症状を必須項目としました(次のQ&Aで詳述)。

○不安症状を中心とする状態
  不安、恐怖感、焦燥感などと、それに伴う動悸、吐き気などの身体症状

○うつ症状を中心とする状態
  憂うつ、喪失感、絶望感、涙もろさなど

○問題行動を中心とする状態
  勤務怠慢、過剰飲酒、ケンカ、無謀な運転などの年齢や社会的役割に不相応
   な行動

○身体症状を中心とする状態
  頭痛、倦怠感、腰背部痛、感冒様症状、腹痛など

適応障害において、なぜ「とらわれ」が
重要なのか?(ICD-11の診断基準)

適応障害と「とらわれ」

ICD-11による適応障害(適応反応症)の診断基準(WHO)

 適応障害(適応反応症)は、特定可能な単一または複数の心理社会的のストレス(例えば、離婚、病気や障害、経済的問題、家庭や仕事での葛藤)に対する不適応反応であり、通常はストレスを受けてから1ヶ月以内に発症します。診断に必須となる特徴的症状は、ストレス自体やその結果についての「とらわれ」です。具体的には、過度の心配、ストレスについての反復的で苦痛な思考、ストレスの影響についての絶え間ない反芻(過去をくよくよ考えること)などがあらわれます。こうしてストレスへの適応に失敗してしまい、個人生活や社会生活、学業、仕事などの重要な領域での障害を引き起こします。また、これらの症状は、うつ病や心的外傷後ストレス障害など他の疾患の診断基準には該当せず、ストレスとその影響がひとたびおさまれば、通常6ヶ月以内に消退します。ICD-11ではとらわれによる症状と社会機能の障害に関連した、不適応反応と適応の失敗がなければ適応障害とは診断されません。

  令和4年1月にICD-11(WHOによる診断ガイドライン)が新たに発効され、適応障害(適応反応症)の診断基準が大きく変わりました。日本でも徐々に浸透していくことになると思います(ICDの診断基準は年金、手帳、自立支援などの公的な診断書のみならず、民間保険の診断書などの診断根拠となるものです)。DSM-5や従来のICD-10の診断基準と異なり、ICD-11の基準では抑うつ、不安、素行などの症状よりも、ストレス因子やその結果に対する「とらわれ」にもとづく適応の障害が重視されております。これによって病的とはいえないストレス反応との違いを明確にして、適応障害の診断の信頼性を高めたのです。この背景には、これまで適応障害の診断があまりにも簡単になされてきたことへの反省があります。ICD-11にもとづけば、従来の診断基準で適応障害と診断されていた方でも、「とらわれ」がみられない方は、適応障害と診断されなくなります。だからこそ、適応障害において「とらわれ」の理解が重要なのです。
 ICD-11では「とらわれ」をしめすものとして、「過度の心配」「ストレス因子についての反復的で苦痛な思考」「ストレス因子の影響についての絶え間ない反芻」の三つを挙げています。新しいICD-11の診断基準にもとづいた適応障害を「とらわれ」の視点から説明したいと思います。
 社会生活上のストレスに遭遇することによって生じたストレス体験は、体験と感情が結びついた感情的記憶となります。精神的弱点やサポートの不足があると、感情的記憶が強い印象となりストレス因子への執着をもたらします。そのためストレス因子自体や、ストレス因子を連想させる状況および心身の状態に注意が向くようになるため、常にそのことが頭から離れなくなります。ストレス因子に敏感となった結果、警戒心が高まり過度の心配が現れたり、ストレス因子の影響を絶え間なく反芻したり、反復的で苦痛な思考を体験するようになります。また、とらわれによる症状はストレスを思い出すことで悪化するため、ストレスに関連することがらを回避するようにもなります。
  そうして過度の心配、、反芻、反復的で苦痛な思考は、直接あるいは回避行動などを介して互いに影響し合い、ますます感情的記憶が肥大化してストレス因子に対し敏感となり苦痛が増大するのです。こうして「とらわれ」の悪循環が生まれ、症状が増幅します。この「とらわれ」は精神を内向させ主観的世界に閉じ込めてしまうため、外界の情報を客観的にとらえることが困難となり現状への適応が障害されてしまうのです。このように「とらわれ」は適応障害の発症プロセスに重要なはたらきをしていると考えます。詳しくは、拙著 "「とらわれ」「適応障害」から自由になる本(さくら舎)" をご参照ください。

DSM-5とICD-11における適応障害の
診断基準の違い

DSM-5とICD-11における適応障害の診断基準の違い

 従来のDSM-5や従来のICD-10の診断基準において適応障害は、明確なストレスへの反応によって、主観的苦脳や社会生活上の支障をきたした場合に診断されてきました。特にDSM-5では、ストレスの強さにかかわらず、ストレスによる主観的苦悩か、社会生活上の困難のどちらかがあれば診断できてしまいます。そのため、明確なストレスがあり、他の精神疾患とは診断できないが、本人が苦しんでいるまたは生活上支障があらわれているといった幅広い状態に対して、適応障害は都合よく診断されてきました。このように「診断的ワイルドカード*」の役割を担ってきたというのが適応障害の実情です。また、その診断の曖昧さがわざわいして、ほとんど治療法などの研究もなされませんでした。(*ワイルドカードとはカードゲームでどんなカードの代わりにもなるものです)
 ICD-11では、このように曖昧な性格を持つ適応障害を、診断ガイドラインから除外した方が良いという意見もありましたが、世界的にもよく使われる診断名であるという理由からICD-11でも存続しています(Lancet,2013)。
 その代わり、ストレスへの適応の失敗に加えて、ストレスとその結果に対する「とらわれ」を特徴的な症状として診断に必須とすることで、診断の信頼性を高めました。「とらわれ」の例として、「過度の心配」「ストレスについての絶え間ない反芻」などがあげられ、付加的な特徴として「回避」もあげられています。「とらわれ」と「ストレスへの適応の失敗」を診断に必須としたことで、ストレス因関連障害として適応障害の診断が明確となり、今後は治療方法などの研究が進むことが期待されています。

適応障害とPTSDとの違い(ICD-11)

 ICD-11の適応障害の診断基準に「とらわれ」を必須としたことで、適応障害のストレス障害としての色彩が強くなりました。そのため、これまでは「うつ病」との鑑別が重視されてきた適応障害が、これからは、むしろ心的外傷後ストレス障害(PTSD)との鑑別が重要になると思われます。PTSDでは、「過覚醒」「再体験症状(フラッシュバック)」「回避」が診断に重要な症状(PTSDの三徴)です。これを適応障害の症状と比較すると「過覚醒」は「過度の心配」、「フラッシュバック」は「反芻」に対応し、「回避」は共通しており、症状の同質性がみられます。そのため、症状の違いはその重症度によるものとなり、主観的な訴えの関与が高まるため鑑別が難しくなると思われます。そこで、診断のポイントになるのはストレスの性質です。適応障害ではストレスの強さは問われないという一方で、PTSDでは「極度に脅威的または戦慄的な出来事(トラウマ)」と強度のものに限定されており、診断上、重要な客観的な手掛かりとなります。
  これらのことから、ストレスによる障害において比較的軽度のものを適応障害、重篤なものをPTSDと、重症度の違いから鑑別されるようになったとも言えます。言い換えると強いストレス(トラウマ)に対する強い反応(PTSDの三徴)のみをPTSD、それ以外は適応障害と診断されると考えられます(以下の図を参照)。
           
適応障害とPTSDとの違い            

通常の落ちこみ、適応障害、うつ病の違い

落ちこみ、適応障害、うつ病の違い

 通常の落ちこみ、適応障害によるうつ症状、うつ病による抑うつ気分との違いは、ストレスをオモリ、憂うつの程度をバネの長さに例えると、伸び縮みするバネ、伸びすぎたバネ、伸びきったバネの違いに例えられると思います。
 何か嫌な出来事や悲しい出来事を体験して、落ちこみや悲しい気持ちになることはどなたでもあります。しかし、健康な方でみられる通常の落ちこみでは、問題となっていた出来事の解決策がみつかったり、他に何か良いことがあると、すぐに安心したり楽しい気持ちになれます。さらに時間が経つことによっても気持ちが和らいできます。心が健康であれば、多少のストレスがあってもバネが伸び縮みするように柔軟に気持ちが変化できるのです。このバネの復元力の強さが個人のストレス耐性の強さ(レジリエンス)と考えられます。
 適応障害によるうつ症状では、ストレスによりバネが過剰に長く伸びてしまい無理がかかっている状態に例えられます。予想以上に憂うつが強くなり社会生活に支障が現われた状態ですが、バネの伸び縮みする力はまだ保たれており、ストレスが消失すれば、症状は速やかに軽減するのが通常です。
 それに対して、うつ病による抑うつ気分は、問題となっていた出来事が解決しても、何か良いことがあっても、安心したり楽しい気持ちになったりせず、様々なことが憂うつに感じられ、時間がたってもその気持ちが持続します。伸びきったバネのように、気持ちが変化しません。また、ふつうバネはすぐに伸びますが、伸びきってしまう(へたる)のには時間がかかります。同様に、単なるうつ気分や適応障害によるうつ症状は出来事のあとすぐに現われるのに対して、うつ病による抑うつ気分は、ストレスが数ヶ月続いた後に出現します。その他、うつ病では、早朝覚醒、日内変動などの特徴的な症状をともなうことも重要です。
 これらを鑑別して診断する意味は、それぞれへの対応や治療方法が異なるからです。平成27年12月1日に労働安全衛生法に基づく「ストレスチェック制度」が施行されましたが、高ストレス者に対して会社が適切に対応するためにも、これらの違いを理解することが重要です(産業医のご案内:詳細はクリックしてください)

適応障害と「五月病」「六月病」との関係

 「五月病」「六月病」は共にメディアから生まれたもので正式な病名ではありません。「五月病」は、元々は厳しい受験勉強を経て入学を果たし、緊張から解き放たれた虚脱感や理想と現実とのギャップから目標を失い、無気力に陥った大学生を表すのに使われていました。最近では働く人に使われるのが一般的であり、就職、転職、異動などの環境の変化によるストレスに適応できない状態を指しています。4月の年度替わりに新しい環境になじめず、不安感や抑うつ感が強まる状態を指し医学的には適応障害と診断されます。
 「五月病」が注目される理由には、4月に環境が大きく変化し、5月初めに長期休暇あるという日本特有の事情が関係していると考えます。新たな職場で成功体験をあまり得られず、失敗を多く体験したストレス状態でゴールデンウイークに入ると、職場への肯定的なイメージは薄れてしまい、否定的なイメージがさらに濃くなってストレス状態が悪化します(ネガティビティバイアス) 。これと休み中の安堵とのギャップがあいまって休み明け前後の出社抵抗感が強くなるのです。日曜の夕方や月曜の朝に仕事のことを考えると不安や憂うつになることは誰でも経験はあると思いますが、これが重症になったものを「五月病」と考えるとイメージしやすいでしょう。
 一方、「六月病」は「五月病」より一般的ではありませんが、4月の環境変化に関連して6月にも精神的に不調になる方がいることから注目されることがあります。なぜ6月に精神的に不調になるかの理由については、これまで新人研修期間の長期化に伴い適応障害である「五月病」が遅れて発症したものと説明されてきました。確かに研修の長期化に伴う6月の適応障害の方もいらっしゃいます。しかし、この説明では新人以外の不調者の説明ができないことと、受診される患者様の症状が適応障害ではなくうつ病を示していることから、私は「六月病」を4月の環境変化をきっかけに2カ月以上の時を経て、適応障害ではなくうつ病として発症したものではないかと考えております。以前から指摘されている「昇進うつ病」や「引っ越しうつ病」も「六月病」と近い関係にあると思われます。
 適応障害は急性のストレスの後に間もなく発症するのに対し、うつ病は数カ月の慢性のストレスの後に発症するのが一般的です。4月の環境変化のストレスにすぐに反応して適応障害になったのが「五月病」で、ストレスを我慢し続けてうつ病になったのが「六月病」と考えます。適応障害である「五月病」は比較的受診も速やかですが、うつ病の方はまずは内科を受診するなど専門医受診までに時間がかかるのが一般的です。おそらく7月頃になりやっと受診しているのではないかと推測します。メディア用語であっても、「六月病」を意識することで6月の段階からうつ病の可能性に注意を払うことができ早期の受診につながるのであれば、意味があると思われます。

適応障害、虚偽性障害、詐病は病気なのか?

 精神疾患の診断において、血液検査や画像診断などの客観的なデータよりも、問診による本人の主観的な訴えの方が重視されます。そのため、精神障害の方々は、障害への偏見のみならず、「気持ちの持ちようではないか」場合によっては「仮病ではないか」などと、誤解を受けることが少なくありません。そこで、病気なのかとの議論になりやすい状態について解説したいと思います。
  適応障害(新型うつを含む)については、ストレスがない時には比較的元気で、ときには休職中にもかかわらず海外旅行に行ってしまうことなどもあるため、特に職場のメンタルヘルスにおいて問題となることが多くあります。このことは、適応障害をストレス関連障害ではなく、うつ病と同様なものととらえてしまったために、「病気なのに元気な時があるのはおかしい、都合が良すぎるのでないか」という認識によって生じた問題であると考えます。うつ病と同様にとらえてしまうのには、休職の際に職場に提出される診断書に「うつ状態」と記載されることが多いことも関係していると思われます。「うつ状態」を「うつ病」と職場の方が解釈するのは自然なことです。適応障害は、絶対的には強くはないけれど、本人にとっては相対的に強いストレスが原因で起こる急性の障害です。その特徴として、ストレスの原因に近づくと症状が強くなるが、離れると逆に症状が弱くなり楽になるということがあります。だから、会社に行けなくても海外旅行には行ける、むしろ行きたくなるのです(治療的にはストレス回避を助長するので海外旅行は良くありません)。これを理解するためには、この適応障害をストレス原因への恐怖症ととらえると良いと考えます。職場の適応障害は、うつ病ではなく、職場恐怖症と考えると言動を理解しやすいし、対応も考えやすくなるのです。適応障害の症状は様々ありますが、恐怖症的な「とらわれ」のメカニズムがある場合は、病気ととらえるのが適切であると考えます。
 虚偽性障害は、病者としての心の安定を得るために、症状を捏造し、患者のふりをするもののことです。さらに、自らの近親者を代理として患者に仕立て上げる場合もあります。ミュンヒハウゼン症候群はその代表的なものです。自身を病気と見せかけるために嘘をつくという視点からは、仮病という解釈も成り立ちます。しかし、虚偽性障害の特徴は、周囲から病気として認めてもらう以外は、何も求めていないということがあります(後述の詐病との大きな違い)。病気とみとめてもらうためには、苦痛な検査や、生命に危険を及ぼすような手術でさえすすんで受けたりします。このように、病者として認められることに強く依存し、現実的な認識から極端に離れているのは、やはり病気と考えるのが適切でしょう。
 詐病は、治療以外の明確な目的を持って、病気と偽る状態です。仮病もその一種です。その目的とは、経済的利益、訴訟上の利益、社会的責任の回避などがあります。これは、言うまでもなく、病気ではありません。精神疾患への誤解は、精神医療がこの存在を明確にしてこなかったことが原因の一つではないかと思います。医師がきちんと詐病を鑑別していないのではないかという疑念です。職場のメンタルヘルスにおいても、この疑念は大きいものと感じます。実際、臨床場面でも稀ではありますが、来院されることがあります。詐病者は治療以外の目的を持ち、症状を大げさに訴え、提案した治療を受け入れない、または受けたふりをして、目的が達成されると症状を訴えなくなる、または来院しなくなります。具体的には、治療を受けるつもりもないのに、休職やその間の手当てに必要な診断書を求めてきたり、ハラスメントの裁判を有利にするために弁護士のすすめで受診するなどです。このような場合は、当院ではその協力をお断りしております。明確な意図がある分、目的が達せられず不快に思われて、ときに攻撃的な言動をしめす方もいますが、協力してしまうと精神医療の信頼を損ね、本当に治療が必要な患者様への偏見を助長してしまうからです。一方、協力しないのは当たり前ではないかと思われる方もいらっしゃると思いますが、医師が診察場面で患者様を疑うというのは強い抵抗があるものです。

適応障害の症状が社会生活におよぼす影響

 適応障害の症状が社会生活におよぼす影響は、ストレスの要因によって様々ですので、ここでは職場がストレスの原因である場合を例にあげて説明します。
 不安症状が強い場合は、ストレスに近づくにつれて不安や恐怖感が強くなります。出社しようとすると、不安・緊張が強くなり通勤途中で動悸・吐き気が強くなり出社が困難となることがあります。また、うつ症状が強い場合は、ストレスに直面しそのことを考えたりすると、憂うつ、喪失感、絶望感が現われ、職場で突然、涙を流したり、仕事への意欲が失われ仕事の効率が落ちたり、集中力の低下からミスが現われたりします。一方、ストレスが身体に現われる場合もあります。頭痛、倦怠感、腰背部痛、感冒様症状、腹痛などにより、活動性が制限されてしまい、さらに病院受診を繰り返すことになります。問題行動としては、現実逃避的に、遅刻、早退、欠勤などの勤務怠慢が現われたり、短絡的に自暴自棄となり、過剰飲酒、ケンカ、無謀な運転など年齢や社会的役割に不相応な行動が現われたりします。
 また、これらの症状には適応障害の原因となったストレスから離れている場合(ストレスが職場であれば、退社後、休日、休職中など)は、比較的軽いという特徴があります。このことは社会生活上の2つの問題を引き起こします。一つはストレスが無い時は比較的活動的なために、周囲に仮病や怠け病ではないかと思われてしまうことです。これによって周囲からサポートが受けにくくなります。二つ目は苦痛から逃れたい気持ちをいっそう強め、ストレス状況を回避させてしまうことです。その結果、社会適応の機会を失い、社会的場面への苦手意識が強くなり徐々に社会技能が低下していきます。

どのような人が適応障害になりやすいか?

 環境面においては、相談や支援してくれる人がいなかったり、孤立した環境であったり、多忙な環境であったりするなど、周囲からのサポートが得られにくい状況の方はとらわれやすく適応障害になりやすいと考えられます。
 一方、社会生活において、誰でも遭遇し得るストレスによって、適応障害になる人もいれば、ならない人もいることから、精神的な弱点の関与は否定できません。ストレスに遭遇した際、それを乗り越えて適応することによって、ストレス耐性が高まり、ストレス対処能力も向上し、人格的向上がはかられると考えられています。しかしながら、素因やストレス経験が不十分なために、ストレス耐性が弱かったり、ストレスへの対処能力が低かったり、悲観的あるいは未熟な性格だったりすると、ストレスを乗り越えることができずにとらわれてしまい、心身のストレス反応が強くなって持続したり、逃避的行動が現われたりして、適応障害となることがあります。
 但し、この場合の精神的な弱点とは、あくまでも相対的かつ限定的なものであり、絶対的または全般的なものではありません。それは、ある厳しい環境の中で適応障害になったからといって、他の厳しい環境の中で適応障害になるとは限らないということです。つまり、適応障害はストレスと本人のミスマッチによって起こるのです。だからこそ、ストレスの内容が本人に対してどのような意味を持つかが重要と考えます。当院を受診される適応障害の患者様もこれまで大きな挫折やトラブルなどを経験していない方が少なくありません。一方、様々な原因でこれまでもトラブルを繰り返している方は適応障害の背景に人格障害や発達障害が考えられます。

適応障害の原因となるストレスとは?

 適応障害の原因となる主なストレスは、仕事、家庭、恋愛、学校、病気などがあります。仕事については、上司を中心とした職場の人間関係、異動による仕事内容や環境の変化、仕事量の多さや責任の重さなどがあります。これらのストレスとの関係で、いわゆる「五月病」など特定の時期に発症が集中することもあります。 家庭については、夫婦の不仲、義理の両親との関係、育児や教育の問題、引越し、経済的問題などがあり、他にも結婚問題、失恋、転校、いじめ、受験の失敗、慢性疾患、ガン治療などさまざまなものがあります。人生の節目に特に現れやすい疾患と言えます。

適応障害にはどの位の人がなるのか?

 精神科に通院している患者様の10%以上が適応障害であるとされています。実際の臨床場面では、より大きな割合で適応障害の患者様は受診されており、さらに徐々に増えていると感じております。平成29年のうつ病の患者数は95万7000人で、平成11年の約4倍に増加しましたが、私はこの中にも適応障害や適応障害が慢性化した患者様、もしくは適応障害からうつ病に発展された患者様が多く含まれているのではないかと考えております。

適応障害を疑ったらどうしたらよいか?

 早期に適切な対処および治療を受ければ、多くの患者様は回復すると考えられています。しかしながら、適応障害が慢性化してしまう患者様、適応障害からうつ病、アルコール依存症、反社会性人格障害などの他の精神障害に発展してしまう患者様も少なからずいらっしゃいます。
 ストレスを強く感じたら、ストレス状況を回避してしまう前に、できるだけ早期に周囲に相談したり、支援をもとめたりして、ストレス状況に適応できるようにすることが重要です。心身の反応が辛い、自身での対応が困難、支援を得られにくい、判断に迷う場合は心療内科や精神科の専門医を受診されることをおすすめいたします。

家族や周囲が気づいたときの対応は?

 適応障害の回復において、家族や周囲(職場など)の果たす役割は大きいと考えます。まずは、相談に応じるという姿勢が大切であり、その上で本人が主体的にストレスに適応できるように環境を調整したり、支援したりすることが重要と考えます。このことは、ストレスに圧倒され、機能不全をきたしていた心の働きを回復させ、さらに負荷が軽減することによってストレスの克服を可能にします。
 ただし、本人の適応力を過小評価して、過剰な同情、支援、配慮をすることは、本人の主体性を奪い、社会的責任を回避させることとなり、現実逃避的な反応を助長します。過剰な配慮は、かえって症状が強化されてしまい回復を妨げることになるので注意が必要と考えます。できるだけ早期に本人が対応できる適切なレベルまで、サポートやストレスの調整を行うことが重要です。 一方、職場における過重労働、セクシャルハラスメント、パワーハラスメントなどの不合理なストレスに対しては、積極的に介入することが患者様にも職場にとっても重要と考えます。

適応障害にはどのような治療があるか?

 適応障害の治療は、患者様ができるだけストレス状況を回避せず、主体的にストレスに適応できるよう医学的なサポートをすることにあります。そのためには、まずは、支持的精神療法(詳しくは全般性不安障害の治療を参照して下さい)によって、受容、共感的態度で話しを聞き、不安、緊張、恐怖によって、一時的に機能不全に至った心の働きを支えて落ち着ける必要があります。その中で、適応障害を引き起こしているストレスを同定し、ストレスの内容が本人に対してどのような意味を持つかを理解していきます。その上で、どの様な方法で患者様がストレスに適応できるようになるかを検討します。
 ストレスへの適応を促す主な方法としては、ストレス耐性を上げる、周囲によるサポート、ストレスの軽減などがあり、これらに対して医学的にサポートしていきます。本人のストレス耐性を上げることは、最も理想的な方法であり、回復の目標でもあります。しかしながら、認知行動療法や森田療法などの精神療法によって、ストレスへの対処方法を体得してストレス耐性を上げるのには、時間を要しますし心身の不調を抱えた状態では困難な場合もあります。最も合理的と考えられる方法は、周囲によるサポートであり初期治療の中心となるものです。周囲によるサポートとは、相談にのり、助言や教育を行なうことによって、ストレスへ対処を援助していくことです。この過程において、患者様は精神的にも支えられ、適度にストレスも軽減され、主体性を保ちつつストレスへの対処方法を身に付けることができます。次に、ストレスの軽減ですが、この方法は一見ストレス関連障害である適応障害の原因療法にも思えます。そして実際に症状を軽減させる最も速効性がある方法であることから多用されています。しかしこの際に留意しなければならないことがあります。それはサポート体制のもとで行うことと、ストレスの軽減を本人が対応でき、かつ仕事として何とか成立する適切なレベルにとどめることです。サポート体制なしに適応させようとすると、極端にストレスを軽減させる必要がでてきます。職場における休職など極端なストレスの軽減は、その後の回避を助長しストレス耐性を低下させる可能性があります。ストレスが一時的なもので回避可能なものであれば有効なこともありますが、多くのストレスは持続性のものであり、回避し続けることはできません。また 適応障害の患者様は、ストレスに対して恐怖、不安をもたれております。従ってストレスが一時的に回避されると強い安堵感が得られますが、その反面でストレスに再度直面することへの恐怖が一層強くなりとらわれてしまい、主体的にストレスに対処していくことが困難となることがあります。そうなれば、ストレスへの適応力は低下して症状が慢性化してしまいます。休職が長期化する適応障害の患者様も少なくはありません。しかしながら、症状が著しかったり、現状でどうしても適応ができなかったりするときは、ストレスを回避させざるを得ないことがあります。その場合は、できる限り主体性を保ちストレスへの適応力の低下を防ぐために、患者様に対しては猶予期間であり、 いずれはストレスに直面する必要があること、その間にストレスへの対処方法を体得する必要があることを説明して治療していきます。
 初期のストレス反応がおさまった後は、さらに適応を促し、再発を予防するために認知行動療法や森田療法などの精神療法によってストレス耐性を向上させることが必要と考えます。当院の精神療法(詳細はクリック)としては、社会も身体も自分に都合よくはできていないことが自然であり、その中で自己の目的を達成させようとすれば、不安や苦痛が伴うのも自然であるという自覚ができるよう促します。また、これまで不安や苦痛を避けようとしたことによって、目的が遠ざかり、ますます苦しくなるという悪循環になっていたことを認識できるようにします。その上で、自然の現象である不安や苦痛に逆らわずに、目的を達成させるにはどうすれば良いかを一緒に考えていきます。そしてストレス状況に向かいあい、少しずつ成功体験を蓄積させて適応を促します(拙著「とらわれ」「適応障害」から自由になる本(さくら舎)、「いつもの不安」を解消するためのお守りノート(永岡書店)をご参照ください)。
 最後に薬物療法について述べます。適応障害の治療においても、薬物療法として抗不安薬、抗うつ薬、睡眠薬などが使用されますが、あくまでも対症療法という位置づけであります。しかし、当院では薬物療法によって心身の症状を緩和させることが、ストレスの回避を最小限にとどめて、サポートや精神療法によるストレスへの対処方法の体得を促す上で非常に有効な方法と考えております。

職場の適応障害はなぜ長引くのか?

 適応障害はストレスに対する反応であり、ストレス因子が排除されれば半年以内に寛解する病態と考えられています。では、なぜ職場で見られる適応障害は休職を繰り返すなど慢性化してしまうことがあるのでしょうか。
 ひとつめの理由としては、精神的な弱点(ストレス耐性、対処能力の低さ、未熟な性格)が、すぐには改善できないことが挙げられます。これらを改善するためには、ある程度の困難を抱えながら、現場での実体験を重ねて成長することが不可欠です。しかし職場では、労災などの怖れから社員が精神的不調を訴えると、就労を継続させるリスクをとることができず、すぐに休職をすすめてしまうため、そのような機会が得られにくい現状があります。
 ふたつめの理由としては、ストレス因子を排除するのが難しいことが挙げられます。現在は、成果主義、フラットな組織構造をもった企業が多くみられます。そのような企業では健康管理も個人に委ねられている部分が大きく、社員が不調になった際には、組織構造を変えてサポートするよりも、休職して個人の責任において治療を受けることが望まれているように思います。復職する場合も、休職時と同じ環境(ストレス因子はそのまま)で復帰することが求められます。これらのことは、ストレス状況の回避を助長してストレス対処能力を低下させます。その結果、症状を慢性化させて休職を繰り返してしまうのです。

適応障害と新型うつ病との関係

 適応障害になられて速やかに回復される方がいる一方で、慢性化されている方も多いのが実情だと思います。これらの方は、新型うつ病と名前を変えていることもあります。新型うつ病という診断名は、正式にはないのですが、世間的には適応障害よりも有名ではないでしょうか。
 新型うつ病の特徴であり理解されがたい点は、ストレスがないときには比較的健康な状態でいられるところです。仕事が終わると飲み会に参加できたり、休職して海外旅行に行ったりがその例であり、職場に知られた場合は深刻な不信感が生まれることがあります。そのようなこともあり、最近では「新型うつ病は病気ではない」とメディアでも非難がましく語られることがあります。
 これらは、新型うつ病を従来のうつ病との比較することによって生じる誤解に基づくものと考えます。うつ病の一種と考えることが適切ではないのです。あるストレス状況(職場など)に直面した時に症状が現れる性質から考えて、新型うつ病は感情障害と捉えるよりも、ストレス関連障害(ストレス状況への恐怖症:例えば職場恐怖症である適応障害の慢性化と考えた方が適切だと思います。ストレス状況への恐怖症と考えることは、職場対応および治療の上でも有用であり、周囲の認識と本人の苦痛との間に生じるギャップについての理解も助けます。

適応障害が長引くメカニズムとは?

 適応障害とは、社会生活上のストレスに対する反応が、多くの方が感じられる以上に強く現われ、仕事上、学業上、家庭内の生活が著しく障害された状態と一般的には考えられています。
 しかし、ストレス反応が予想以上に強く現れたという考え方のみでは、慢性化は上手く説明できません。不快な反応を伴うストレスを体験した後に、そのストレスを避けたくなるという行動科学的な視点が欠けているからです。
 適応障害の慢性化を理解するためには、ストレスの回避がさらなる状態の悪化を招くという悪循環を考慮する必要があります。以下に適応障害の慢性化のメカニズムを図に示し、ストレス回避による悪循環を説明します。

適応障害から新型うつへ

 適応障害になられる方の準備状態として、精神的な弱点やサポート不足があります。それらの方が、強い情動反応(不安、恐怖、抑うつなど)を伴うストレスを体験すると、ストレス状況と情動反応が条件反射として結び付けられます。その後は、同じストレス状況に遭遇すると同様の情動体験が現れることにより、そのストレス状況に対する恐怖症(≒適応障害)が形成されて、ストレス状況を回避したくなります。
 職場において、仕事のミスを上司に強く叱責された場合には、その仕事や上司に再び会う度に、不安や恐怖が現れて仕事や上司を避けたくなります。その後も回避せず、我慢して仕事や上司とのコミュニケーションを継続して成功や褒められることを経験すると、ストレス状況に対する恐怖症(≒適応障害)は克服されて、 その後のストレス耐性も向上します。
 しかしながら、ストレス状況を回避した場合は難しい状況となります。ストレス状況を回避すると一時的にはそれまでの情動反応が著明に軽減します。しかし、しばらくすると安心した分だけ余計にストレス状況への脅威が強くなります。「またあんな状況になったら」と怖くなるのです。考えないようにしても、かえってストレス状況への意識が高まり、思い返して恐怖を反芻するようになります。その結果、さらに安心したいと回避が強くなったり、思い返した際に同時に浮かんだこれまで不快ではなかったストレスに付随した状況にも恐怖を抱いたりするようになります。このくり返しにより、無力感、自信喪失、孤立が起こり、ますます精神的に弱くなり、社会的サポートも失うという悪循環となり、適応障害が慢性化してしまうと考えられます。
 職場における休職は回避の典型例です。休職した当初は症状が軽減して楽になります。しかししばらくすると、職場のストレス状況は変わっていないことや、いつかは復職しなければならないことを意識し始めます。考えないようにすればするほど、頭に浮かび同時に当時の感情もよみがえります。その不快な感情を避けるため、職場への接触や復職を拒み、さらに現実逃避的に海外旅行などに行きたくなったりします。さらに、会社のストレス状況を連想した際に、同時に思い浮かんでくるそれまで不快でなかった同僚や上司、会社そのものにも恐怖を抱くようになるため、会社の人間と会ったり、会社に近づいたりすることができなくなります。その結果、無力感、自信喪失から精神的に弱くなり、孤立により会社のサポートも受けにくくなるという悪循環が形成され、いつまでも通常の仕事ができない状態になってしまいます。このような状態がうつ病に見えるため、新型うつ病と表現されたのだと思います。
 しかし、これらの状態は従来から見られましたので、‘新型’というのは適当とは思えませんし、上述の通り‘うつ病’というのも不適切に思います。やはり、‘適応障害の慢性化’とするのが適当と考えます。そして、うつ病の治療ではなく、恐怖症の治療を行うことが必要と考えます。

参考文献